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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)146号 判決

原告

三階徹

右訴訟代理人弁護士

宮本康昭

上野登子

椎名麻紗枝

塩谷順子

鈴木真知子

被告

東京都渋谷区長

天野房三

右指定代理人

竹村英雄

外二名

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

被告が原告に対し昭和五一年一二月二〇日付けをもつてした、三階朝子(以下「朝子」という。)の保育費用負担額を昭和五二年一月分から月額五四〇〇円とする決定及び三階新(以下「新」という。)の保育費用負担額を同月分から月額四一〇〇円とする決定(以下、合せて「本件各決定」という。)がいずれも無効であることを確認する。

2  予備的請求

本件各決定をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件各決定の存在

被告は原告に対し、昭和五一年一二月二〇日付けをもつて、朝子及び新の保育負担額について本件各決定をし、これを原告に通知した。

2  本件各決定の瑕疵

本件各決定は、それぞれ次のとおり、重大かつ明白な瑕疵があるから無効であり、仮に無効でないとしても違法である。

(一) 憲法二五条、二六条違反等

(1) 法五六条に関する被告の見解

被告は、児童福祉法(以下「法」という)五六条一項が措置費の全額徴収の原則を定めたもの、また、同条二項が応能負担を定めたものと解し、かかる見解のもとに本件各決定をした。

しかし、被告の右見解は文理上成り立ち難いものであるのみならず、以下に述べるとおり、憲法二五条、二六条等に違反するものであるから、右見解に基づく本件各決定は無効又は違法である。

(2) 憲法二五条違反等

児童は次代の社会を担うものであり、また、将来に豊かな可能性を持つものであるから、児童の発達と健全な育成のために良い環境を用意することは、憲法二五条一項、二項及びこれを受けた法一条、二条に基づく国及び地方公共団体の基本的責務である。

法五六条一項、二項についての被告の前記(1)の見解は、児童らに費用負担を理由として児童福祉サービスを受けることをためらわせる結果となり、憲法二五条一項、二項及び法一条、二条にもとるものである。

(3) 憲法二六条違反

保育所で保育を受ける権利は、広義の「教育を受ける権利」の一つであるから、憲法二六条一項に基づき、保育の機会が均等に与えられるべきであり、また、同条二項に基づき、公費負担が要請される。

そうすると、法五六条一項、二項についての被告の前記(1)の見解は、憲法二六条一項、二項にもとるものである。

(二) 地方自治法二四四条三項違反

(1) 保育所の「公の施設」性

ア 保育所は保育に欠ける児童を保育するという、まさに地域住民の福祉の増進のために普通地方公共団体(特別区を含む。以下同じ。)が設置するものであるから、地方自治法二四四条一項に定める「公の施設」である。

イ 市町村(特別区を含む。以下同じ。)その他の者の児童福祉施設の設置につき都道府県知事の認可を、廃止又は休止につきその承認を必要とする旨の法三五条三項、六項の規定、また、厚生大臣が児童福祉施設の設備及び運営につき最低基準を定める旨の法四五条の規定等は、いずれも国及び地方公共団体の児童に対する法二条に基づく責任を果たし、児童の成長発達する権利を保障するための規定であつて、地方公共団体が保育所を「公の施設」として自由に設置、運営することを妨げるものではない。

ウ 一般に普通地方公共団体が保育所を設置するには、地方自治法二四四条の二第一項に基づき、公の施設の設置に関する条例の制定を必要とすると解されており、東京都渋谷区(以下「渋谷区」という。)においてもこの見解に従つている。

(2) 差別的取扱い

保育料は、公の施設である保育所利用の反対給付としての「使用料」であるから「地方自治法二二五条)、均一料金であるべきであつて、これを応能負担により徴収することは「不当な差別的取扱い」(同法二四四条三項)に当たる。

したがつて、本件各決定は右の点からも無効又は違法である。

(三) 地方財政法二七条の四違反

(1) 保育料と人件費

被告は、保育所の長、保母、調理員及びその他の職員の人件費を含む措置費を保育料として徴収している。

(2) 人件費の負担者

ア 保育所を設置、管理し、これを使用する権利を規制することが普通地方公共団体の事務であることは地方自治法二条三項六号、四項が定めるところである。

イ 市区町村が保育所運営費の全額を支出し、同費用の一部である措置費について、法五三条、五五条の規定により、国、都道府県が一定割合で負担している保育所財政の実情は、保育所の運営が市区町村の事務であることを示している。

ウ 保育所における人件費、その他の経費は、その運営に当たる普通地方公共団体が全額負担すべきものである(地方財政法九条本文、地方自治法二〇四条一項)。

(3) 地方財政法二七条の四の立法趣旨

地方財政法二七条の四は、任意的税外負担のみならず、受益者負担名下の税外負担の解消を目的としたものである。

しかして、同条を受けて、同法施行令一六条の三第一号は、市区町村が住民にその負担を転嫁してはならない経費として、「市町村の職員の給与に要する経費」を掲げているところ、本件各決定は、渋谷区の職員の給与を含む措置費を徴収するものであるから、同法二七条の四に違反するものとして、無効又は違法である。

(四) 地方自治法二二八条一項違反

(1) 規則に基づく保育料の決定

被告は、保育料の徴収を昭和四〇年規則第五号「東京都渋谷区児童福祉法施行細則」(以下「細則」という。)に基づいてしている。

(2) 保育料の決定と機関委任事務

ア 地方自治法別表第四、二、(二四)は市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)が管理し、執行しなければならない事務の一つとして、「入所した児童に要する費用の徴収について当該児童又はその扶養義務者の負担能力を認定すること」を挙げている。

イ 昭和五一年四月一六日厚生省発児第五九号の二厚生事務次官通達「児童福祉法による保育所措置費国庫負担金について」(以下「通達」という。)中の「徴収金基準額表」(以下「徴収金基準額表」という。)記載の階層区分への当てはめをすることによりされる負担能力の認定は、国庫負担額の算定に関する事務として機関委任事務であるということができる。

ウ しかし、各市区町村はその実情に応じて、徴収基準額表の基準額に一定の減額修正率を乗じたり、これと別個の階層区分を設定したり等しており、右階層区分への当てはめ、右階層区分による措置費限度額の確定、個別保育料の決定及び変更は当該市町村の自治事務であつて、機関委任事務ではない。

エ なお、法五六条一項、二項は、保育料の金額、徴収時期、方法等について何ら定めているものではない。

(3) 条例主義違反

保育料の本質が使用料であることは前述したとおりであるが(右(二)(2))、保育料が使用料であると、あるいは、分担金であるとを問わず、それに関する事項については条例により定めなければならないものであるところ(地方自治法二二八条一項)、保育料の徴収を条例によらず、細則のみに基づいてした本件各決定は、無効又は違法である。

(五) 法八条三項違反

被告は、法八条三項に基づき、渋谷区独自の児童福祉審議会を設置して保育料改定の是非を審議させるべき義務があるのに、これを怠り、昭和五一年九月七日、同年規則第四〇号により、細則を改正した。したがつて、右改正後の細則(以下「新細則」という。)は違法な手続により制定されたものというべきであるから、新細則を適用してされた本件各決定は無効又は違法である。

3  前置手続

原告は、本件各決定について、教示された不服申立期間内に、東京都知事に対し審査請求をした。

4  結語

よつて、原告は主位的に本件各決定の無効確認を、予備的にその取消しを求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)(憲法二五条、二六条違反等)の主張は争う。

法五六条一項に基づいて特別区長(以下「区長」という。)が徴収する費用、すなわち徴収金は、法五一条一号に規定するとおり、入所に要する費用及び入所後の保護につき、法四五条の最低基準を維持するために要する費用である。区長は、保育所の最低基準を維持するための費用として、保母等職員の人件費及び保育材料費等保育所の運営に要する費用を本人又はその扶養義務者から徴収することを原則としている。なお、国は、法四五条の規定に基づき、児童福祉施設最低基準(昭和二三年厚生省令第六三号。以下「最低基準省令」という。)を定めている。

法五六条二項は、同条一項の費用を徴収するに際しては、現実に保育所を利用する本人又はその扶養義務者の負担能力に応じて徴収し、本人又はその扶養義務者が負担できなければ、国、都道府県又は市町村が代負担しなければならないという規定である。

法五六条一項及び二項は、徴収金をどのように決めるかの決定方式及びどれだけ徴収するかという点について特段の定めをしていないのであるから、被告が国の徴収金基準額を参照しつつ、実質的な負担の公平を図る見地から税制転用方式を採用して、区の実情に応じた独自の階層及び当刻階層の徴収金の基準を定めることは何ら差し支えないことである。

右趣旨に基づき、被告は、細則中に所得税、住民税及び固定資産税の課税額に応じて階層区分を設け、これに相当する基準額を定めているのである。

右のとおり、法五一条一号に規定する費用を本人又はその扶養義務者の負担能力に応じて徴収しなければならないとする解釈は、文理上も当然成り立ち、右解釈に基づいて徴収金を徴収することは憲法その他の法の理念に反するものではない。

3  同2(二)(地方自治法二四四条三項違反)の主張は争う。

地方公共団体の設置する保育所が、地方自治法二四四条にいう公の施設としての一面を有していることは事実である。公の施設については、同法二二五条により使用料を徴収することができる。

しかし、保育所は法に定める児童福祉施設であることから、第一次的には法の適用を受けることになるため、右施設の措置に要した費用の徴収についても、法五六条の適用を受けることになる。そして、徴収金は公の施設の利用の対価として徴収するものではなく、入所に要する費用、入所後の保護に要する費用を、保育園に入所措置されることによつて児童の保育という特定の公益事業から一般住民とは明らかに区別しうる特別の利益を受ける本人又はその扶養義務者に負担させるのであるから、負担金と解せられる。

したがつて、保育所が公の施設であることから、徴収金の法的性格を使用料とみなし、本来、応能原則になじむものではないとする原告の主張は失当である。

4  同2(三)(地方財政法二七条の四違反)について

(1)の事実は認め、(2)及び(3)の各主張は争う。

地方財政法二七条の四及び同法施行令一六条の三の趣旨は、市町村が本来負担すべき経費を住民に転嫁すること(税外負担)の排除を求めることにある。

すなわち、同法四条の五に、地方公共団体がその住民に対し寄付金を割り当てて、強制的に徴収してはならない旨規定し、割当的寄付金を禁止しているが、従来、税外負担といわれていたものは実質的には強制的であつても、形式的には任意的な形をとるものが多いので、同法四条の五で禁止されていない任意的税外負担を禁止しているのである。

しかして、法五一条一号に規定する費用は、法五六条一項、二項により本人又はその扶養義務者が負担すべき経費として法定された徴収金であり、任意的税外負担ではない。

したがつて、保母等の人件費を含めて、本人又はその扶養義務者から徴収金を徴収したとしても地方財政法二七条の四及び同法施行令一六条の三に反するものではなく、原告の主張は失当である。

5  同2(四)(地方自治法二二八条一項違反)について

(1)の事実は認め、(2)及び(3)の各主張は争う。

徴収金は法五六条一項に根拠をもつ負担金である。法五六条一項は、徴収金は市町村長が本人又はその扶養義務者から徴収しなければならないと規定し、徴収金の徴収を区長の権限としているのであるから、地方自治法二二八条一項の規定は適用されず、区長の定める規則(細則がその規則に当たる。)によつて徴収しなければならないのである。

原告の徴収金の徴収に関する事項は条例制定事項であるとの主張は立法論であつて、現在、東京都内の二三区は、徴収金の決定を条例制定事項とするよう強く国に対して要望を重ねているところである。

6  同2(五)(法八条三項違反)のうち、被告が昭和五一年九月七日、同年規則第四〇号により細則を改正したこと、本件各決定が新細則を適用したものであることは認め、その余の主張は争う。

法八条三項は、「市町村(特別区を含む。……)は……市町村児童福祉審議会を置くことができる」と規定していることからわかるように、審議会は必置ではなく、任意であるに過ぎず、審議会を設置せずして徴収金を改訂しても、手続的に何ら違法の問題は発生しない。

なお、渋谷区の徴収金の改訂にあたつては、審議会に代るものとして特別区保育問題審議会を設置し、東京都保育問題協議会、東京都私立保育園連盟、東京都及び厚生省から意見聴取を行い、慎重審議を重ねたところである。

7  同3(前置手続)の事実は認める。

三  抗弁(請求原因1に対し)

1  朝子及び新の保育所入所措置

朝子(昭和四五年六月六日生)は同四六年四月から同五二年三月まで、新(昭和四九年一〇月二六日生)は同五一年二月から同五六年三月まで、それぞれ渋谷区立初台保育園に入所措置がとられていた。

2  本件各決定の根拠

(一) 新細則の一〇条、別表第1は、前年分の所得税課税額が三万円以上六万円未満である世帯をD4階層とし、徴収金の基準額を、三歳未満児について八二〇〇円、三歳児及び四歳以上児についてそれぞれ五四〇〇円と定め、更に一一条一項は「生計を一にする世帯……から保育所に二人以上の児童が入所している場合には、最年長児を除く入所児童の保育所措置費徴収金の額は、それぞれ各一人につき前条の規定による徴収金額に百分の五十を乗じた額とする。」と定めていた。

(二) 原告の世帯の昭和五一年分所得税課税額は原告が六二〇〇円、その妻が三万九〇〇〇円、合計四万五二〇〇円であつたから、右別表のD4階層に該当し、四歳以上児である朝子については徴収金の基準額五四〇〇円が、三歳未満児である新については新細則一一条一項により徴収金基準額の半額である四一〇〇円が当てはまる。

3  本件各決定と保育単価との関係

(一) 保育単価の意義

(1) 通達は、直接的には、法五三条及び同法施行令(以下「施行令」という。)一七条三号に基づき出されているのであるが、そこでは法五三条から明らかなとおり、法四五条に基づく最低基準省令による最低基準維持費用が前提となつている。

(2) 通達において、「措置費」とは「法二四条本文の規定による保育所への入所措置をとつた場合における……その児童の入所後の保護につき……最低基準を維持するための費用であつて次の範囲内の経費をいう」と定義され、「保育単価」とは「措置児童一人当たりの措置費の月額単価をいう」と定義されたうえ、①地域区分、②定員区分、③保育所の長の設置の有無、④措置児童の区分によつて、保育単価の金額が掲げられている。

(3) これによれば、保育単価の金額は、最低基準維持費用を具体的に算定した金額である。

(二) 本件各決定と保育単価

(1) 通達による区分

通達の区分によると、渋谷区は①特甲地域である。また、初台保育園は、②定員が八〇名であり、③保育所の長が設置されている。

(2) 本件各決定と保育単価

昭和五二年厚生省発児第二六号の二通達による改正後の通達(給与改定に伴い昭和五一年四月分から適用)によると、朝子に適用される保育単価の金額は一万五一七〇円(徴収金基準額表の「三歳以上児の場合」の「前年分の所得税課税額が三〇、〇〇〇円以上六〇、〇〇〇円未満である世帯」の額は九三〇〇円)、新に適用される保育単価の金額は四万〇三四〇円(徴収金基準額表の「三歳未満児の場合」の右同様の世帯の額は九七〇〇円)であるところ、本件各決定のうち、朝子に関する負担額である五四〇〇円及び新に関する負担額である四一〇〇円はいずれも各保育単価の額を超えていない(なお、徴収金基準額表の額については、右同様の世帯の場合には、二人以上の児童が入所していることによる軽減はない。)。

四  抗弁に対する認否並びに原告の反論

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2について

(一)及び(二)の各事実は認める。

3  同3について

(一) (一)のうち、(1)及び(3)は争い、(2)の事実は認める。

(二) (二)の(1)及び(2)の各事実は認める。

(三) 最低基準省令について

最低基準省令は、保育所の設置運営にあたって遵守すべき最低の規格、基準を示したものであるが、その基準そのものが抽象的に定められたものである。例えば、職員についていえば、最低基準省令五三条一項で「保母、嘱託医及び調理員を置かなければならない」と規定するが、その人数、割合には触れていないし、その二項では保母の数について一応、規定しているものの、「満三歳に満たない幼児おおむね六人につき一人以上……」と一応の目安と言うべき数字を定めているだけである。給食については同一二条で定めているが、「給食をするときは、その食品は、……健全な発育に必要な栄養量を含有するものでなければならない」(一項)とか、「調理及び配膳は、衛生的に行なわなければならない」(四項)とかなどといつたもので、具体的なものではない。

これから直接に法五一条一項の費用を算定することはできないし、厚生省の措置費の基準である保育単価を算定することも不可能である。

(四) 保育単価について

保育単価は、国庫負担金の交付基準として用いられる理論的数値であつて、現実に当該市区町村において保育に要している費用とは何のかかわりもない。

一方、法五一条一号の費用を支弁する市町村は、その所轄区域内の児童保護者の状況、児童が入所する保育所の実状に即して、①入所に要する現実の費用及び、②入所後の保護について法四五条の最低基準を維持するために要する現実の費用を算定し、支弁することとなる。このようにして算定、支弁される費用は、当然に市町村ごとに異なつて来る。例えば市町村ごとの職員人件費の差は、保育費用の差として現出して来ないわけにはいかない。このように、法五一条の費用は「最低基準維持費用」という同じ用語を用いていても、通達上、保育単価算出の根拠としての「最低基準維持費用」とはまつたく別のものである。市町村が算出支弁する右の現実の費用は、前記の理論的数値としての「保育単価」や「措置費」とは関係のないものである。そして右の現実の費用の全額または一部を児童またはその保護者から徴収することとしたのが法五六条一項、二項である。

これを要するに、法五六条による保育料額と、国庫の負担金交付基準としての保育単価とは法律的にも理論的にもつながつていないので、保育料額が保育単価を超えていないかどうかは保育料額決定処分の適法性を判定する基準とはならないのである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(本件各決定の存在)及び3(前置手続)の各事実は、当事者間に争いがない。

二本件各決定の適否について

1  抗弁1(朝子及び新の保育所入所措置)、2(本件各決定の根拠)、3(一)(2)(通達における措置費及び保育単価の定義等)及び(二)(本件各決定と保育単価)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  本件にそくして法等の規定を見ると、次のとおりである。

(一)  市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は、保護者の労働等の事由により、その監護すべき幼児等の保護に欠けるところがあると認めるときは、それらを保育所に入所させて保育しなければならない(法二四条本文。特別区の区長に関しては、法八条四項参照)。

(二)  市町村長が右の入所の措置をとつた場合において、入所後の保護につき法四五条の最低基準を維持するために要する費用(以下「基準維持費用」という。)は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)の支弁とする(法五一条一号。特別区に関しては、法八条三項参照)。

(三)  市町村長は、基準維持費用を本人又はその扶養義務者(以下「扶養義務者等」という。)から徴収しなければならないが(法五六条一項)、市町村長において、扶養義務者等が基準維持費用の全部又は一部を負担することができないと認めるときは、当該費用は市町村が代つて負担しなければならない(同条二項)。

(四)  基準維持費用に対しては、政令の定めるところにより、国庫はその一〇分の八を、都道府県はその一〇分の一を負担する(法五三条、五五条)。そして、その政令である施行令一七条三号は、国庫又は都道府県の負担は、基準維持費用につき厚生大臣が児童福祉施設の種類(本件では保育所)、入所定員、所在地による地域差等を考慮して定める基準によつて算定した児童福祉施設の職員の給与費、入所者の日常生活費その他の経費の額(その額が当該年度において現に要した当該費用の額を超えるときは、当該費用の額とする。)から当該年度において現に要した当該費用に係る法五六条一項の規定による徴収金の額を控除した額について、これを行う旨規定している。

3  右2掲記の各規定に徴すると、法は、市町村が支弁する基準維持費用について、(ア)原則としてその全額を扶養義務者等に負担させるとの建前に立つたうえで、市町村長がこれを扶養義務者から徴収するものとし(この建前を、以下仮に「全額徴収原則」という。)、(イ)ただ、例外的に市町村長において扶養義務者等の負担能力が不足又は欠缺すると認めるときは、その分につき扶養義務者からの徴収を軽減又は免除して市町村がこれを代つて負担するものとし(この建前を、以下仮に「応能負担原則」という。)その代つて負担した分について、右の政令で定めるところにより、国庫が一〇分の八を、都道府県が一〇分の一を負担し、その余を市町村が負担することとしているものということができる。

そして、基準維持費用につき全額徴収原則がとられているのは、保育所への入所措置が保育に欠けることのみを要件とし、経済的な理由をその要件としていないこと(法二四条本文)に密接な関連を有するものと解される。すなわち、入所措置が右費用の負担能力の欠缺等経済的な理由を要件としているとすれば、右費用は一般に公費負担とするといつた配慮がなされることになろうが、それを要件としないとすれば、右費用を負担するに足りる者も包括的にその視野に入るから、費用負担公平等の見地から、右費用は原則として保育所の入所措置により利益を受ける扶養義務者等に負担させることを建前とし、ただ、例外的にその負担能力が不足又は欠缺するときは、その分を公費負担とすることとしたものと考えられるのである。

4  ところで、基準維持費用について、全額徴収原則がとられていると解する以上、基準維持費用の額を具体的に確定し得る法的な仕組みが存しなければならないことはいうまでもない。

基準維持費用は、前述のとおり、市町村長が保育所への入所措置をとつた場合において、入所後の保護につき法四五条の最低基準を維持するために要する費用であるが、法四五条によれば、厚生大臣は児童福祉施設である保育所の設置、運営について最低基準を定めなければならないと規定され、厚生大臣はこの規定に基づき最低基準省令を定めている。しかしながら、最低基準省令は、児童福祉施設全般について第一章において、設備や職員等についての一般的な要件、給食の基準等に関し、また、保育所につきその第五章において、設備の基準、職員の種別及び定数、保育時間、保育の内容等に関する最低基準を概括的に定めてはいるものの、これらの定めから基準維持費用の額が何らの確定行為もなしに自動的に確定するものとは解し難い。

右に述べたところと、法五六条一項が市町村長をして基準維持費用を扶養義務者等から徴収させることとしていることとを考え合わせると、基準維持費用については、右に述べた最低基準省令に定める概括的な基準を基本的な枠組みとしたうえで、これを市町村長に第一次的に判断させることによりこれを具体的に確定するとの建前を採用しているものと解するのが相当である。そして、法五六条二項の規定によれば、扶養義務者等の負担能力については、これを市町村長に第一次的に判断させることにより具体的に認定することとしていることは明らかである。

しかるところ、法五六条一項、二項によれば、市町村長は、負担能力がある扶養義務者等からは基準維持費用の全額を、負担能力が不足するものからはそれに応じて右費用から軽減した額をそれぞれ徴収し、負担能力が欠けるものについては右費用の全額を免除することとなつていると解されるから、市町村長が前示の第一次的な判断をしたうえで、個々の扶養義務者等に対し明示するものは、右の徴収する額又は免除という判断の最終結論であり、これが市町村長の処分という形で外部に示されることになるものと考えられる。そして、右の徴収する額についての処分が最低基準省令に反する等の理由で、これに不服のあるときは、右処分に対する行政争訟により争うことになり、右処分の適否は、最終的には裁判所の判断に服することになるのである。

5  ところで、右1の当事者間の争いのない事実に弁論の全趣旨を合せ考えると、本件各決定について、被告は、法五六条一項、二項が基準維持費用につき全額徴収原則及び応能負担原則を定めたものとの解釈に立つたうえで、その解釈に基づき制定(改正)された新細則に従い、その額を確定したうえでしたものであること、その額は通達の定める朝子及び新に適用される保育単価の額を(また、徴収基準額表の基準額をも)下回るものであることが認められる(なお、いわゆる保育料とは、全額徴収原則に係る基準維持費用(応能負担原則が適用される場合にはそれにより軽減されたもの)で扶養義務者等から徴収することとされたものを指し、被告が、右の保育科の決定を新細則に基づいてしたことは、当事者間に争いのないところである。)。

6  原告は、右のごとき本件各決定に対し、種々の観点からこれを違法であるとして争つているので、以下順次判断する。

(一)  憲法二五条、二六条違反等の主張(請求原因2(一))について

(1) 憲法二五条の保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」及びこれに対応する国及び地方公共団体の責務の内容を法律でいかに定めるかについては、立法府の広い裁量に委ねられているところであり、制定された法律の内容が健康で文化的な最低限度の生活を営むうえで、著しく合理性を欠き、明らかに立法裁量の範囲を逸脱し、又はその濫用と認められる場合は格別、そうでない限り、当該法律を違憲とすることはできないものと解するのが相当である。

しかるところ、法五六条一項、二項が基準維持費用につき全額徴収原則及び応能負担原則を定めたものであると解すべきことは、右3に述べたとおりであるが、このような内容の法五六条一項、二項の規定はそれ自体合理性を損うものとは考えられず、したがつて、右規定が憲法二五条との関係で著しく合理性を欠き、立法裁量の逸脱、濫用に当たるものと解し難いことは明らかである。

また、保育所への入所措置が、保育に欠けることという要件のもとに、経済的理由とは無関係にされることとなつていること(法二四条本文)に鑑みると、保育所への入所措置そのものは費用の負担の多少にかかわりがなくされるものといえるから、原告の、費用負担を理由に児童福祉サービスを受けることをためらわせる結果となる旨の主張は、その前掲を欠くものといわなくてはならない。

(2)  憲法二六条一項の教育に保育が含まれるか否かには議論のあるところであるが、仮にそれを肯定し得るとしても、原告は、その子女の教育を受ける権利が奪われたことにつき何ら具体的な主張をしていないのみならず、既に述べたとおり、基準維持費用の徴収につき応能負担原則がとられていることに鑑みると、その徴収により保育の機会の実質的均等が損なわれるものとはいい難いところである。

また、同条二項は、義務教育の無償を定めてはいるが、その義務教育に保育を含めるとの解釈は到底とり得ないところであるから、同項の規定から保育の公費負担を導き出すことはできない。

のみならず、基準維持費用の徴収につき、応能負担原則がとられていることに鑑みると、その徴収により保育の機会の実質的均等が損なわれるものとはいい難いところである。更に、〈証拠〉によれば、東京都の特別区において保育所運営に要した年間総経費は、昭和五七年度決算において九一五億六七五三万円であり、その内、措置費(通達によるもの)総額は三八六億三八九七万円(右総経費の四二・二パーセント)、保護者負担額(扶養義務者等から徴収する基準維持費用の額)総額は八三億三九七三万円(同九・一パーセント)に過ぎないこと、各特別区はそれぞれの規制によつて徴収金の基準額を定めているが、その定めは全区同一であり、昭和五二年一月から昭和五七年度末に至るもその変更はなく、その間通達の措置費に関わる保育単価は概ね一・五倍強となつていることが認められ、この事実に徴すると、保育所の運営に要した費用について、昭和五二年一月における、国、東京都及び渋谷区を合わせた公費負担は、右認定ほどの高い割合ではないにしても、相当に上るものであること(保護者負担額は、いかに多くみても二〇パーセント未満であり、したがつて、公費負担は八〇パーセントを超えるものであること)を推認することができ、格別の主張、立証のない本件においては、右のごとき公費負担が少額に過ぎ、合理性を欠くとの判断をすることはできない。

(3) 右(1)、(2)によると、原告の前示主張は失当というほかはない。

(二)  地方自治法二四四条三項違反の主張(請求原因2(二))について

法五六条一、二項は、保育所が公立であると私立であるとを問わず、基準維持費用につき全額徴収原則及び応能負担原則をとつているものであるが、負担能力が不足又は欠缺する者にその負担能力に応じた軽減又は免除を行い、その結果、負担能力がある者と負担能力が不足ないし欠缺する者との間に基準維持費用の負担に関し差異が生じたとしても、それは合理的な理由に基づくものというべきであるから、そのような差異が地方自治法二四四条三項の「不当な差別的取扱い」に当たるとは到底いい難い。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(三)  地方財政法二七条の四違反の主張(請求原因2(三))について

法五一条一号は保育所の最低基準維持費用を特に市町村の支弁とし、法五六条一項は基準維持費用につき全額徴収原則を定めているのであるが、基準維持費用の中に保育所の職員に要する人件費が含まれることは、法四五条及び最低基準省令の規定に徴し明らかである。そして、地方財政法二七条の四の規定は、最終的に市町村の負担に属するとされている経費についての規定であるから、法五六条一項の規定により扶養義務者等の負担とされている人件費を含む基準維持費用を法の規定に従い扶養義務者等に負担させることが、地方財政法二七条の四の規定に違反するといえないことは当然である。

したがつて、原告の右主張は失当である。

(四)  地方自治法二二八条一項違反の主張(請求原因2(四))について

(1) 請求原因2(四)(1)(規則に基づく保育料の決定)の事実は当事者間に争いがない。

(2) 地方自治法一四八条三項、別表第四、二(二四)は「入所した児童に要する費用の徴収について当該児童又はその扶養義務者の負担能力を認定すること」を市町村長の機関委任事務として掲げていること、法五六条一項は、市町村長が基準維持費用を徴収すべき旨を、同条七項は、右規定により徴収される費用につき、国税滞納処分の例により処分し得る旨を規定していること及び負担能力の認定は基準維持費用額の確定が当然の前提となつていると解されることに鑑みると、負担能力の認定だけではなく、基準維持費用の額を確定し、その徴収額を決定のうえこれを徴収することについても法は、これを機関委任事務であるとしているものと解するのが相当である。

(3) 原告は、各市区町村が通達の徴収金基準額表の基準額に一定の減額修正率を乗じたり、国基準と異なる階層区分を設定したり等して、これにより各別に基準を設定のうえ保育料を決定していることを理由に、保育料の徴収が機関委任事務に当たらないと主張するが、機関委任事務に当たるかどうかは法の制度ないし仕組みの問題であつて、法の実際の運用とは直接に関わりがないから、法の運用を根拠とする原告の主張はその点で既に失当であるのみならず、機関委任事務であるからといつて、市町村長の裁量をいれる余地がないと解する必要はないから、原告の右主張は、それだけでは、右(2)の判断を左右するに足りないものというほかはない。

(4) そうすると、基準維持費用の額を確定し、その徴収額を確定のうえこれを徴収することは機関委任事務であるから、条例によることなく、規則によることができるものであり、被告が新細則に基づいてした本件各決定により原告から徴収すべき基準維持費用を決定したことが地方自治法二二八条一項に違反するものとはいえず、原告の前示主張は失当である。

(五)  法八条三項違反の主張(請求原因2(五))について

法八条三項の規定によると、特別区である渋谷区においては、児童福祉審議会の設置が義務づけられていないことは明らかであるから、原告の右主張は立論の前提を欠き失当である。

7  最後に、本件各決定に係る額の適否について考えるに、原告はそもそも、右の額が基準維持費用を超えることにつき争つていないことは弁論の全趣旨に徴し明らかである。のみならず、右の額は、次のとおり基準維持費用を超えているものとはいえない。すなわち、通達が「措置費」及び「保育単価」につき定義をしたうえ、そこに掲げる区分によつて保育単価の金額を掲げていることは、前述のとおり、当事者間に争いがなく、右の保育単価は、通達に掲記の算出方法に照すと、最低基準省令の定める基本的枠組みの中で算出された一つの客観的に是認し得る基準維持費用の一人当たりの月額単価に相当するものと認められるところである。もつとも、通達が国庫負担金の交付基準を定めることを目的とするものであることは、それ自体明記するところであり、そこに掲げる保育単価も直接には国庫負担金の計算の基礎に関わるものであることは否定できないところであるが、そうであるからといつて、通達の保育単価が基準維持費用の一人当たりの月額単価と関係のないものであるということにはならない。そうすると、通達の保育単価の額の範囲内であることにつき、前述のとおり当事者間に争いのない本件各決定の額は、他に特段の主張立証のない本件においては、原告に対する関係では、適法に決定されたものというほかはない。

なお、法五六条二項の規定による負担能力の認定の違法(すなわち、原告が基準維持費用の負担能力につき不足又は欠缺のあることにつき被告の判断に誤りのあること)については、原告はこれを全く問題としていないことに鑑み、この点の違法はないものと考えざるを得ない。

8  以上によれば、本件各決定には、原告の主張する違法はなく、また、その他違法な点があるものとも認められない。

三よつて、原告の本件各決定の無効確認を求める主位的請求は理由がなく、また、原告の本件各決定の取消しを求める予備的請求も理由がないから、これら請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官太田幸夫 裁判官加藤就一)

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